東京そぞろ歩き

カテゴリ:2005 東北旅行( 22 )


八幡平

 もう9月も終わり、季節は本格的な秋を迎えてるっていうのに、オレのブログの記事はいまだに8月の初めに行った東北旅行の記事である。ふ~、文章書くのって、ほんとに時間かかるんだよね。ライターなんかにならなくてよかった。(まあ、なれないんだけど…)

 さて、八幡平である。今回の東北旅行で一番最後に訪れた景勝地だ。この日は朝から快晴、頂上付近は、それはそれは見事な景観でした。
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 この旅で楽しみにしてた鳥海山が霧でサッパリだったのに比べ、ここはほんとに天気に恵まれた。涼しくって気持ちよくって、しばらく佇んでしまった。

 八幡平アスピーテラインを盛岡方面に下っていく。その途中にもうひとつ、どうしても行きたい場所があった。それが、松尾鉱山の跡地だ。アスピーテラインを逸れて、細い道に入る。ちょっといったところにそれは静かに、そして圧倒的な存在感で建っていた。
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 松尾鉱山で働いていた人達の住居跡である。ここは鉱山で栄えていた頃、「雲上の楽園」といわれていた。それこそ、当時としては貴重だったテレビも電話もカメラもステレオも、なんでも揃っていたそうだ。

 今、この地に立って周囲を見渡してみる。遠くにアスピーテラインが通り、道路を観光客を乗せた大型バスや乗用車が走っていく。道路をちょっと入ったこの地には、全く人影もなく、通る人すら誰もいない。なんなんだ、この落差は。まわりを美しい自然に囲まれたこの廃墟群を見ていたら、なんだか鳥肌が立ってきた。こんなに暑いっていうのに…。う~ん、圧倒された。

 空を見ると、ジェット機が飛行機雲を一直線に吐き出しながら、向こうのほうに消えていった。
なんだか、忘れられない景色になった。
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by tigers00 | 2005-09-27 00:17 | 2005 東北旅行 | Comments(4)

キリストの墓

 キリストは日本で死んでいた!?そんな、眉に唾を50回ほどつけたくなるような話が青森県の新郷村に伝わっている。キリストって、ゴルゴダの丘で十字架に磔にされて処刑されたっていうのが、まあ世界の定説である。

 しか~し、そのとき処刑されたのは、実はキリストの身代わりになった弟のイスキリで、キリストは難を逃れて東へ逃避行、シベリアを経て日本に辿り着き、この新郷村に居を構え、106歳まで生きたんだそうな。

 確かに、英雄不死伝説っていろんなところで語られてはいるんだけどね。有名なとこでは北へ逃がれたって言われてる源義経とか、薩摩に落ちのびたって言われてる豊臣秀頼とか。けどなあ、言うにことかいてキリストかよ~。そのキリストの墓が新郷村にあるんだとか。もちろん、行ってきましたよ、はい。

 現在、新郷村の一集落になっている「戸来」がそのキリストの墓のある地だ。読み方は「へらい」で、これは「ヘブライ」がなまったものだとか。この地にやって来たキリストは、十来太郎大天空と名を改めて地元の女性と結婚し、3人の子供をもうけたそうな。で、日本に来て77年目、皇紀741年の12月25日に亡くなったんだそうだ。

 これがその墓だ!
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 ん~、怪しい…。しかしこの村、ほんとに何もない村なのだが、このキリストの墓でもって「キリストの里」として観光PRをおこなっている。この墓に隣接して、「キリストの里伝承館」という施設も建っている。ええ、もちろん入館してきました。

 新郷村では生まれた子供が初めて外に出るとき、額に十字の印をつける習慣があるそうだ。これはもちろん十字架を意味してるんだという。
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 この伝説の出典が、「竹内文書」っていうとても怪しいものなんだけど、物語としてはとても面白い。夢とかロマンとかがあっていいんじゃないだろうか。
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by tigers00 | 2005-09-19 01:58 | 2005 東北旅行 | Comments(2)

小坂町散歩

 小坂町は十和田湖の南、秋田県の山間部にある小さい町。今は人口6900人だが、大正初期まで日本最大の小坂鉱山があり、大いに賑わっていた。その当時の人口は2万数千人、県下では秋田市に次ぐ大都市だった。そんな歴史の町をちょっと歩いてみた。

 小坂町のシンボルといえば日本最古の木造芝居小屋、康楽館。1910年の建築だから、もうかれこれ100年近い。この芝居小屋のすごいとこは、今でも現役!なとこ。この日、行ったときもちゃんと常設公演の芝居をやっていた。この康楽館、芝居を見なくても施設見学だけすることができる。
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 いや、これ一見の価値ありです。座敷席から回り舞台の奈落、果ては楽屋にまで案内してもらえる。楽屋には有名どころの役者の落書きが残っていて面白い。施設見学してると、やっぱり芝居も見たくなってくる。なんでも、年に一度、ここで歌舞伎もやるらしい。結構な有名歌舞伎役者が来るらしく、その日ばかりは超満員になるそうな。

 康楽館のあたりは明治百年通りの名称が付いていて、散策用に整備されている。その突き当たりにあるのが小坂鉱山事務所。1905年に建築された建物を、復元したものだ。この鉱山事務所、とても立派な洋風建築で、見た感じとてもゴージャス。中が資料館みたいになっており、今では康楽館と並ぶ観光施設だ。
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 この鉱山事務所を見てると、当時のこの町の繁栄ぶりが分かる気がする。こんな山の中の小さな町に、こんな立派な事務所だもん、さすが東洋一の銅山だ。

 こういう、昔繁栄してて今は寂れてるっていう町って雰囲気があってとても好き。ちょっと歩いてみると、まだまだ面白いものがいろいろあった。まずは、日本最古といわれてる現役映画館。これって、結構スゴクない?同じ町に最古の芝居小屋と映画館があるなんて…。ただ、この映画館は観光施設ではなく、ほんとに場末の映画館という感じ。そこがまた味があっていいんだけどね~。しかし、毎日上映してるわけではなく、土日とかお盆とか日を決めての上映らしい。この日は、残念ながらお休みだった。入ってみたかったな~。
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 そして、県道2号沿いには小坂製錬鉄道の小坂駅がある。この小坂駅、駅なんだけど駅じゃないんだよね。なぜならこの鉄道、貨物専用だから。昔は旅客営業もしてたんだが、廃止されたそうだ。貨物輸送のために線路は残ったから、駅もちゃんと残されいる。付近に人影はなかったけど…。
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 小坂鉱山は閉山したけれど、ちょっと先には今でも稼動している製錬所があるそうだ。歴史のある、レンガ造りの工場なんかもあるらしい。そっちまで行ってみればよかったな~。
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by tigers00 | 2005-09-08 23:34 | 2005 東北旅行 | Comments(2)

小泊村 小説「津軽」の像記念館

 さて、これから一気に北上して、向かうは竜飛崎だ。十三湖の脇を抜けて、国道339号で小泊へ。ここで、「津軽の像記念館」の標識を見かける。津軽の像…?なんだろ?ツーリングマップルを確認してみると、確かにそんな名前の記念館があるなあ。どんなもんだかよくわかんないけど先を急ぐわけでもなし、寄り道してみる。
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 行ってみるとそこは太宰の小説「津軽」をテーマにした記念館だった。太宰が幼い頃に子守として育ててくれたのが越野タケさんで、そのタケさんが子守をやめたあとに嫁いだのがこの小泊村なのだ。で、小説「津軽」のクライマックスが、この小泊村でのタケさんと太宰の30年ぶりの再会…というわけで、ここにこういう施設をつくったんだろう。

 館内は小さかったが、なかなか楽しめた。タケさんが太宰の思い出を語るビデオシアターなんかは、太宰をほとんど読んだことのないオレでも興味深く見ることができた。実際、ここの施設を見たことで、うちに帰ってから「津軽」の単行本買っちゃったし。

 外には、太宰とタケさんのブロンズ像が展示されている。津軽の像記念館ってことは、ひょっとしたらこのブロンズ像のほうが記念館より先にできたのかもしれないな。
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 写真のピント合ってないな~
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by tigers00 | 2005-08-28 22:14 | 2005 東北旅行 | Comments(2)

太宰治記念館

 黒石をあとにして、浪岡、五所川原を経由、金木町の太宰治の生家へ。ここはさすがに有名で、観光バスからゾロゾロと観光客の姿が。館内は結構な賑わいだった。
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 もともとは斜陽館という名前で旅館だったのを、町が買い取って一般公開を始めた。けどこれ、旅館やってるときに泊まってみたかったな。和室だけでなく、立派な洋間もあった。中は相当広い。旅館なら納得もできるけど、太宰の家族はこんなうちに普通に住んでたんだよな。オレもお金持ちのうちに生まれたかった…(笑)もっとも太宰は、「この父はひどく大きい家を建てたものだ。風情も何もないただ大きいのである」って、酷評してるんだけどね。
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by tigers00 | 2005-08-27 22:36 | 2005 東北旅行 | Comments(0)

黒石 こみせ通り

 黒石の観光名所といえば、日本の道100選に選ばれているこみせ通り。雪や雨から通行人を守る木造のアーケード街だ。
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 実にいい雰囲気なんだけど…通りが短い!もうちょっと長い距離アーケードが続いているのかと思ってたんだけど、ほんの一角なんだなあ。このこみせ通りに国の重要文化財、高橋家住宅が建っている。ここはまだ、住んでる方がいるようだ。もちろん高橋さんなんだろうね。その高橋家の前に、真っ赤なフォルクスワーゲンがとまっていた。重要文化財の前の真っ赤な外車。絵になるなあ。オレが写真撮っても、パッとしないけど。
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 こみせ通りの旧松の湯。昔ここは銭湯だったそうな。なんで松の湯かというと、
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すごい、家の中から松が飛び出してる。中はどんなことになってるんだろ?まだ銭湯が営業してるんなら入ってみたのに~
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by tigers00 | 2005-08-27 21:11 | 2005 東北旅行 | Comments(0)

黒石温泉郷

 8月2日(火)  昨日、弘前ねぷたを見たあと、近くの道の駅で車中泊。しかし、このあたりの道の駅には、キャンピングカーやワンボックス車などで同じようにクルマの中で泊まりながら旅を続けている人達が多い。この日なんて、駐車してある車のナンバーは、地元よりも他府県ナンバーのほうが圧倒的に多かった。弘前だけじゃなく、青森や八戸、五所川原なんかでもお祭りあるからなあ。こうやってクルマの中で泊まりながら移動してれば、宿泊費がかからなくて経済的だし。みんな、考えることは同じだ。

 昨日、お祭りが終わったのが遅かったので、風呂に入っていない。まずは温泉で朝風呂につかり、昨日の汗を流さなくちゃ。このあたりは、大鰐温泉、平賀温泉郷、黒石温泉郷等々いろんな温泉があってまさに温泉天国。とりあえず、国道一本で行けそうな黒石温泉郷に行ってみる。

 着いたのは朝7時前で、「まだ営業してないかもなあ」なんて思っていたが、ここ温湯温泉「鶴の名湯」の営業時間は、なんと4時~23時!すげ~、朝4時からやってるなんて…。入湯料180円もすごい!源泉かけ流しの名湯に180円で入れるなんて、この辺に住んでる人は幸せだよなあ。関東近辺でこれくらいの施設だと、500円はするだろう。朝、まだ早い時間にもかかわらず、湯船は地元のお客さんで賑わっていた。
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 しかしこの黒石温泉郷、鄙びた感じの雰囲気がなかなかに素晴らしい。鶴の名湯はここ最近新しく改装されてるが、付近の旅館は湯治場の雰囲気を色濃く残している。
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 どうも温泉というと、熱海やら鬼怒川やらを連想してしまうんだが、こういう温泉宿でゆっくりするのもいいかもなあ。
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by tigers00 | 2005-08-21 13:04 | 2005 東北旅行 | Comments(0)

弘前ねぷた祭り

 お昼過ぎに弘前の町に入る。いよいよ今日から弘前ねぷたの開幕だ。始まるまでまだまだ時間があるので、まずは市内を観光。弘前といえばやっぱり弘前城だ。今年のGW、弘前はちょうど桜の季節だったので、相当観光客が来たらしい。確か、GWの人出で、愛知万博とか博多どんたくなんかを抑えて第一位だったんじゃなかったっけ?事前予想は100万人だったのが、212万人もの人がやって来たとか。この時期のねぷたよりもすごいんじゃないか?

 現在の弘前城天守閣は1811年に再建、重要文化財に指定されている。桜の頃はほんとに綺麗なんだろうな。まあ、212万人も人が集まるようなとこに来ようとは思わないけど…。
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 さて、いよいよねぷたが始まる。まずは場所の確保をしないと。街に繰り出し、商店街のアーケードで待っていると、いきなりの夕立。これが結構な勢いで降っていて、「これじゃ、今日はムリだろ…」って思いつつ、「けど、夕立だからそのうち止むかも」とも思ってそのまま待ち続ける。アーケードのあるとこで待っててほんとに良かったよ。
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 雨はねぷた開始前に小降りになり、やがて止んだ。さあ、徐々に山車がやってくる。青森は「ラッセラー、ラッセラー」だけど、弘前は「ヤーヤードー」。まあ、掛け声に意味なんてないんだろうけど、結構違いがあるもんだ。
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 弘前ねぷたの武者絵の特徴として、ちょっと残酷であったり、恐ろしげであったりする描写が多い。最近は観光客への配慮もあってかそれほどでもなくなったらしいが、今でもいくつかはそういう武者絵になっている。
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 上の写真の絵なんて、顔面から血が噴き出して目ん玉飛び出しちゃってるし。

 ねぷたの行進は3時間ぐらいかかったか。結構な台数で圧倒された。でも、どちらかとうと跳人が跳びまわる青森ねぶたのほうが好きかな。
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by tigers00 | 2005-08-20 13:55 | 2005 東北旅行 | Comments(2)

光信公の館

 国道101号から山間に入ったところに津軽氏発祥の地、種里城址がある。津軽氏は、名前のとおり江戸時代の津軽地方の領主で、その祖先である津軽光信が1491年にここ種里城に入り、ここから津軽氏の勢力を伸ばしていったんだそうだ。

 この種里城址に光信公の館という施設が建っている。国道から南へ7~8キロも離れた、いかにも田舎の山里といったところだ。こういうマイナーなスポット、大好きなんだよね~。
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 屋敷の手前の広い庭は綺麗に整備されている。この時期には、花は咲いてなくて葉っぱの緑だけが目立っていた。春になれば、庭は花で埋め尽くされるんだろうか?

 館内の入場料は200円。中に津軽家に関する展示物が並んでいる。館は屋敷であるため、中は畳敷きだ。それほど広くもない館内は、ゆっくり見ても20分くらいで見終わる。

 屋敷の奥には御廟という光信公の廟所があるというので行ってみた。鬱蒼とした木々に囲まれて廟所があるのだが、しっかしここ、メチャメチャやぶ蚊が多い。階段を下りて行って、説明版読んで、写真を撮って戻ってくるまで3分ほど。その間に5~6ヶ所は蚊に食われた。かい~。
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 光信公は遺言により、甲冑に大刀を帯びた姿のままここに葬られたそうだ。不思議なことに今日に至るまで、廟所には一本の雑草も生えないんだって。柵に囲まれた廟所の中を見たけど、確かにそこだけ何も生えてなかったな。なんか不思議なパワーでもあんのかなあ。
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by tigers00 | 2005-08-16 22:58 | 2005 東北旅行 | Comments(0)

焼きイカ通り

 日本海を横目に見ながら国道101号を北上して行く。途中、鯵ヶ沢の町で「焼きイカ通り」なる看板を発見、すぐにそちらのほうにハンドルを切る。どんな通りだ?と思って行くと、期待以上だった。
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 すげー、こんなに焼きイカ屋が並んでる通りなんて日本中探してもここだけじゃない?まだ朝早かったが、すでに何軒かの店ではイカを焼き始めていた。朝飯がわりに買ってみる。でかくて食べ応えのあるイカが250円は嬉しい値段。こんなの東京で食べたら500円くらいは取られそうだ。

 どこの店も自分たちで漁に出て、捕ってきたイカを天日で干している。その光景もなかなか壮観だった。しかし、この焼きイカを250円で売ってて採算取れるのか?一日にどれくらい売り上げるんだろうなあ。
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 店のすぐ裏は海だ。なんだかのんびりとした時間が流れていた。
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by tigers00 | 2005-08-14 22:56 | 2005 東北旅行 | Comments(0)