東京そぞろ歩き

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SIGMA 18-50mm/F2.8

 久々に新しいレンズ、買っちゃいました(^^)v
確か、この前買ったのが35mmF2のレンズで、おととしの12月のことだったなあ。ほんと、久々。

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 一世代前のレンズとはいえ、送料込みで¥36,905はお買い得!もうじき発売の純正レンズ、DA*16-50mmF2.8EDが欲しいなあと思っていたけど、あっちは¥120,000くらいになりそうだし、しばらくはこれで十分かな。あとは、もうちょっと値がこなれてきたらK10Dだなあ…
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by tigers00 | 2007-02-25 23:36 | 写真・カメラ | Comments(4)

東京アンダーグラウンド 浄閑寺

 生まれては
 苦界 死しては
 浄閑寺


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 荒川区三ノ輪にある浄閑寺は、通称「投げ込み寺」。吉原遊廓から500mほどの場所にあって、その通称どおり、吉原の遊女が死んだとき、投げ込まれるようにして埋葬されたお寺だ。ここに埋葬された遊女の数は2万人を超え、その死亡平均年齢は21.7歳だとか。

 年季奉公として田舎から連れて来られ、廓から外に出ることも許されずに客を取り、死んだらこの浄閑寺に投げ込まれる-そんな若くして亡くなった遊女が2万人もここに眠っているかと思うと、…う~ん重たいよなあ。平均年齢21.7歳ってのもちょっと若すぎないか?しかし、それもたかだか200年くらい前の話なんだよね。

 当然、亡くなった遊女たち一人ひとりにお墓があるわけでもなく、新吉原総霊塔にその遺骨が安置されている。

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 ちなみにこの浄閑寺、あのアラーキー大先生の菩提寺でもある。アラーキーの実家は浄閑寺のすぐ近所だったそうで、このお寺の境内はアラーキー少年の格好の遊び場だったらしい。上の写真の総霊塔によじ登ってターザンごっこをしたり、当時まだ鍵が付いていなかった総霊塔の遺骨置き場から、遊女さんたちの骨をかき出して、それを投げたりして遊んでたそうだ(^^;

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 今はしっかりと鍵が付いてました。

 境内の片隅には、角海老楼の遊女、若紫の墓がある。明治の頃の遊女で、22歳で亡くなっているが、ちゃんとお墓のある遊女は逆に珍しい。

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 この若紫、永井荷風の「断腸亭日乗」によると、楼内一の遊妓でその心も人柄もとてもやさしい、素晴らしい遊女だったそうだ。あと5日で年季があけ、男と所帯を持つことも決まっていたそうである。しかし、幸せを目の前にして悲劇が襲った。その日、たまたま登楼してきた男に刺殺されてしまったのだ。

 その犯人の男、別の店の、想いを募らせていた遊女と無理心中をしようとして吉原にやってきたが果たせず、ヤケクソになって角海老に行き、たまたま相手をした若紫に対して凶行に出たんだそうだ。なんとも痛ましい話だ。

 その若紫のお墓には今でもちゃんと花が手向けられている。角海老の店はまだ吉原にあるし、関係者の人が花を供えにやってくるんだろうか。そういえば、夏場には「角海老宝石」と書かれた風鈴が、お墓の横で揺れてたなあ…
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by tigers00 | 2007-02-24 00:31 | 歴史散歩 | Comments(0)

東京アンダーグラウンド 小塚原刑場跡

 江戸時代、江戸の町には2ヶ所の処刑場があった。そのうちのひとつがこの小塚原(こづかっぱら)の処刑場だ。お江戸260数年の間に、この地で処刑された罪人の数は約20万人にものぼる。

 今は小塚原という地名はなくなって、現在の住所表記だと南千住になる。ここにかつては109m×54mの処刑場が広がっていた。今、その辺りには延命寺というお寺が建っている。

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 右手と左手に鉄道の高架がかかってて、その中にすっぽりと閉じ込められているような、なんか東京の中の異空間という感じだ。オレは霊感についてはほとんど感じることもないんだけど、鋭い人だと何か感じるかもなあ…

 境内に、小塚原刑場跡の説明版があったので、ちょっと抜粋してみる。

「…これらの大罪人が伝馬町の牢獄なり小塚原の刑場に於いて仕置きとなるときは、その遺体は非人頭に下げられ、この境内に取捨となった。故に埋葬とは名のみであって、土中に浅く穴を掘り、その上にうすく土をかけおくだけであったから、雨水に洗われて手肢の土中より露れ出ること等決して珍しくなく、特に暑中の頃は臭気紛々として鼻をつき、野犬やいたちなどが死体を喰い、残月に鳴く様はこの世ながらの修羅場であった…」

 な、な、な、なんか背筋が寒くなってきたんですけど…。っていうか、この説明版、ちょっと状況描写がリアルすぎだ。

 しかし、気を取り直して周囲を観察してみると、ちょっと異形のお地蔵様や、首がゴロンとなったお地蔵様なんかがいらっしゃった…

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 …もう、これ以上気を取り直せません。延命地蔵様の前で手を合わせ、「南無阿弥陀仏」を心の底から唱和して、この場を立ち去ったのでした。ふう~。
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by tigers00 | 2007-02-12 00:03 | 歴史散歩 | Comments(2)

鎌倉散歩 稲村ヶ崎

 二日間の鎌倉うろつき旅の最後は、稲村ヶ崎からの夕日。前日の夕日が綺麗だっただけに、今日もちょっと期待してるんだけど、どうかなあ。

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 天気もよくて夕日もなかなかだったんだけど、前日のような夕焼けとまではいかなかったなあ。日が落ちてからしばらくは佇んでたんだけど、前日のように山の稜線が燃えるような景色は見られず。ん~、やっぱり昨日のほうがよかったよ…。

 初めてゆっくりと歩いてみた鎌倉は、古都の風情が漂ってていい街でした。京都や奈良と違って、海に近いところも得点高いし。また、春の桜の時期に歩いてみたいなあ。
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by tigers00 | 2007-02-07 22:57 | | Comments(6)

鎌倉散歩 鎌倉大仏

 さて、次はいよいよ鎌倉大仏。鎌倉に来たなら大仏様見なくちゃねえ。関東近県の有名観光地って、結構あちこち行ったりしてるんだけど、鎌倉大仏って今日が初めてだ。

 この鎌倉大仏、実は2代目で、初代は木造だったんだとか。その初代が開眼してすぐに倒壊したもんで、2代目は金剛仏にしたそうだ。元々、奈良の大仏のようにちゃんと大仏殿の中に安置されてたんだけど、2回の台風と大津波1回の計3回も破壊されて、それ以後は大仏殿なしの今の形になったんだって。

 ん~と、1252年に鋳造が始まったっていうから、かれこれ750年もここにこうして座り続けているのか~。しかし、総重量121トンのこんな巨大なものを、人間の労働力だけで造れるなんてすごいよなあ。どうやって造ったんだろ?

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 いや~、でかいし見事なもんだ。与謝野晶子が歌に詠んだとおりの美男かも。ちなみに、昔は全身に金箔が塗られていたそうで、今でも顔の一部に金箔のあとが残っている。

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 わかります?顔の右側のこの部分。うっすらと金色になっているのが、昔の名残だそうです。

 ちなみにこの大仏様、史料が乏しくて造像の経緯などの詳しいことがよくわかってない。謎の多い大仏様なんだそうだ。
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by tigers00 | 2007-02-04 23:47 | | Comments(4)