東京そぞろ歩き

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5.27 君ヶ畑


 蛭谷から更に山奥へ10分ほど走る。突然空が広くなって開けた場所に、君ヶ畑の村があった。

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 村の入口に「木地師の里」と書かれた柱が立っている。集落に入っていくと、小さいながらも駐車場があったので、そこにバイクをとめて村の中を歩いてみることにした。

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 駐車場横のミニ展示館。木地師の使った道具なんかが展示されている。


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 茅葺きの屋根がなんとも綺麗。


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 村のメインストリートを歩く。しかし、人の姿が見えないなあ。


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 村の一番奥には、このあたりにはそぐわない新しい建物が。ここは、昔小学校の分校があった場所。その土地を化粧品会社の「ノエビア」が買い取って研究所を作ったんだそうだ。この村に住むおじさんに聞いたんだけど、たまに社長がヘリコプターに乗ってやってくる、なんて話だった。こんな山の中に研究所を作ったのは、水が綺麗なのが大きな理由なんだろう。


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 村の脇を流れる御池川。やっぱり水は澄んでて綺麗だった。


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 まさに、山村のたたずまい。


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 ここは、金龍寺。またの名を高松御所。言い伝えによると、皇位継承に敗れた惟喬親王が、当時小松畑と呼ばれていたこの地に隠棲し、金龍寺を建てて住まいとしたんだそうな。その関係で、ここを高松御所、この地をそれ以降君ヶ畑と呼ぶようになったんだとか。


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 金龍寺の隣にある、惟喬親王を祭神とする大皇器地祖神社。


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 古くて、由緒正しそうな神社。


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 こうやってちょっと高いとこから眺めてみると、ほんとに山奥だなあと実感。


 かつて、蛭谷も君ヶ畑も全国に散らばる木地師を氏子にして、その木地師としての身分を保証する代わりに、いろんな名目での上納金をもらっていた。そんなわけで、蛭谷と君ヶ畑は言ってみればライバル関係にあったらしい。

 どちらの氏子にするかで収入が増えたり減ったりするのだからそれも当然なんだろう。隣近所の村どうしではあるが、江戸時代には村同士で対立していて、時には刃傷沙汰ってこともあったんだそうだ。今じゃどちらも高齢者ばかりの村だし、昔みたいな対立関係にはないだろうなあ、きっと。

 バイクに戻って君ヶ畑をあとにする。途中、筒井峠に差し掛かったときに神社を見つける。どうやら、ここが本家本元の筒井神社らしい。

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 う~む、ここもやっぱり惟喬親王だ。蛭谷、君ヶ畑の周辺は、どこもかしこも惟喬親王の伝説だらけでした。
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by tigers00 | 2008-07-06 19:11 | ツーリング・バイク | Comments(8)