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東京そぞろ歩き

子規庵

 台東区根岸のあたりは、江戸時代、「根岸の里の侘び住まい」といわれるような静かな町で、文人墨客の隠棲の地だった。明治になっても、やはり文人が多く住み着いていた。その中でも、一番有名なのが正岡子規。もちろん、歌人として有名なんだけど、野球が日本に輸入された当初から野球に熱中してたって話も有名で、その功績により、「野球殿堂入り」している。

 正岡子規は、明治35年に数え年36歳で結核で死んでいる。明治27年から亡くなるまで住んでいたのが、ここ根岸にあるこの木造平屋住宅だ。
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 昔懐かしい感じの建物で雰囲気はよく残っている。子規が亡くなったうちは太平洋戦争のときに焼失しており、今あるこの建物は、戦後再建されたものだ。残念ながらこの日は休みで中には入れなかったんだけど。

 かつては文人墨客が愛した閑静な住宅街・根岸も昔の話。このように、ほんのちょっとだけ名残を残してるぐらいで、周りの風景はなんとな~く怪しげ。それもそのはず、このあたりは地名は根岸でも最寄り駅は鶯谷。鶯谷から徒歩5分くらいの場所なのだ。鶯谷といえば、もちろんラ・ブ・ホ♪ ここ子規庵も、そんなラブホテルに囲まれるようにひっそりとたたずんでいるのでありました。子規がこの風景を見たらどんな歌を詠むんだろうなあ…
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by tigers00 | 2006-01-15 19:04 | 歴史散歩
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