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東京そぞろ歩き

笠森お仙

 今からざっと240年ほど前、江戸の谷中にひとりの町娘が住んでいた。名前はお仙。笠森稲荷神社の境内にある「鍵屋」という水茶屋の看板娘だった。

 そんな何の変哲もない町娘が歴史に名を残す人物になるのは、ひとりの浮世絵師との出会いからだった。

 浮世絵師の名前は鈴木春信。当代きっての人気浮世絵師だ。その春信がお仙のことを気に入って、自分が描く美人画のモデルにしたのがそもそもの始まり。この美人画が売り出されるや飛ぶように売れ、お仙はあっという間に江戸中のスーパーアイドルになったのだった。

 そりゃ、美人画に描かれてる美人が谷中の水茶屋でウエイトレスをしてるっていうんだから、実物を見たくなるのはまぁ当然でしょ。テレビも写真もない時代なだけに、逆に想像力が働いて、「どうしても実物が見たい!」ってなったんじゃないかなあ。鍵屋には連日、お仙見たさの客が詰め掛けて大変な賑わいだったとか。

 で、お仙の人気の凄さはそれだけにとどまらない。なんと、手ぬぐいやらすごろくやらのキャラクターグッズが売り出され、お仙を題材にした狂言まであったほど。しかし、お仙すごろくってどんなんだ…?

 吉原や島原の花魁のようなクロウト女じゃなく、普通の町娘がこれだけのスーパーアイドルになったのはかなりすごい。細い柳腰におちょぼ口とうりざね顔って、今の時代だと美人って言えるんかなあ?と疑問だけど。

 しかし、そんな人気絶頂の時期に、お仙は忽然と姿を消してしまう。お仙見たさの客が鍵屋に行っても、いるのはオヤジだけ。オヤジもそのことに関して何も答えなかったんだろう。そんなわけでお仙がどこに消えたのか、いろんな説が飛び交った。やれ、駆け落ちしただの、オヤジがお仙を殺しただの…。お仙の駆け落ちを題材にした錦絵まで売られる始末。

 実際はこっそりと結婚していたのだった。結婚したって言ったらそれはそれで大騒ぎになったんだろうなあ。相手は幕府お庭番の倉地正之助という人物。お庭番といえば忍者ですね。お仙としては相手が直参旗本なんだから素敵な玉の輿、倉地にしてみれば江戸中のスーパーアイドルとの結婚だし、そりゃどちらも幸せだったんでしょうなあ。

 その、お仙が働いていた水茶屋の鍵屋があった笠森稲荷神社は今はなく、跡地には巧徳林寺というお寺が建っている。
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 さすがに、その頃の喧騒を感じさせるものはなにひとつ残ってなかった。

 

by tigers00 | 2006-02-12 00:34 | 歴史散歩
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