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東京そぞろ歩き

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赤坂散歩 その3

 乃木邸から檜坂を経て赤坂氷川神社へ。この神社は、8代将軍徳川吉宗が自らの産土神として尊崇し、将軍就任後の1730年に現在地に移して社殿を造営したとのこと。元禄(1688~1704)の頃には、ここに備後三次の浅野家藩邸があり、大石内蔵助の「南部坂雪の別れ」の舞台になったといわれている。

 氷川神社についての描写を『赤坂散歩』より抜粋してみる。
「石畳を踏みつつ社殿にむかうと、古い樹々が元気よく梢をのばしていて、まことに気分がいい。拝殿・本殿はよほど奥まっていて、都の文化財になっている。(中略)この赤坂氷川の拝殿・社殿は朱塗をかけてところどころ剛い金具を打っただけで、じつにすっきりしている。
 境内も、閑寂でいい。絵馬堂もあり、みこしなどをおさめた蔵などもあるのだが、いずれの建物も気品がある」

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 ここはほんとに東京の中心部か?と思うほどに静寂だ。ここから歩いて15分で六本木ヒルズだが、そのあたりの喧騒がウソのよう。神社の社務所?も、昭和40年代ぐらいの築じゃないかと思われるくらいの味がある。境内は、散歩をする人、ベンチで昼寝をする人などのんびりとした感じだ。近所の子供だろうか、女の子が自転車の練習をしている姿が印象的だった。

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by tigers00 | 2005-03-27 22:36 | 散歩

赤坂散歩 その2

 豊川稲荷をあとにして、青山通りを西に向かう。豊川稲荷のすぐ隣が赤坂御用地であるために、あちこちで警官の姿を見かける。しかし、単なる警備というのもヒマそうだ。

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 しばらく歩くと左手に高橋是清翁記念公園が見えてくる。ここは、この高橋是清の邸宅があった場所だ。高橋是清は第20代の首相ではあったが、大蔵大臣の在任期間のほうがずっと長い。財政家だったのだろう。昭和11年2月26日、有名な2.26事件の際、反乱軍兵士に自宅を襲撃され殺害されたのがこの公園ということになる。大蔵大臣として、インフレ抑制のため軍事予算を削ろうとし、軍部の恨みをかったがゆえの惨劇だったようだ。享年は83歳だった。

 「赤坂散歩」から抜粋してみる。
『この明治官僚の生残りの老政治家は、市井の人にひどく好かれていた。名利に恬淡としていたし、率直で、天真無礙(てんしんむげ)の人柄をもっていた。顔までがそうだった。
 若いころから滑稽なほどの丸顔で、老いるとダルマさんを思わせた。顔ひとつで縁起がいいという印象をひとびとに与えたというふしぎな人物である。(中略)
 数年前から軍の中に‘高橋を殺せ’という声があり、死の二年前に乞われて何度目かの大蔵大臣になったときも、ひとが、そのお歳でなにもお引き受けにならなくても、といった。高橋は、「自分は死ぬ気だ」と、いったという』

『その高橋邸跡の公園を歩いて、やがて樹林の奥に入ると、石段が十段ほど小高くなった土壇があって、土壇の上に羽織袴の小さな老人が腰をおろしてすわっていた。むろん、銅像である。
 是清は肉体的威容を感じさせる人でないからこそ魅力的なのだが、それだけに、ほとんどの日本人と同様、銅像にはむかない。思いもよらず銅像にされて、気の毒なようなものである』

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 これがその銅像である。こうやって見ると、これはこれで銅像として悪くないと思うのだが、どうだろう。昭和11年といえば、まだ70年ほど前の話だ。そこでおこった惨劇あとが、公園として整備され人々の憩いの場となっている。今もしどこかの政治家が自宅で殺害され、そのあとが公園になったとしたら…なんか生々しくて生理的に受け入れられそうにない。しかし、70年もの時間が経つと、すっかり「歴史」になっている。ここにそんな生々しさはまったく感じなかった。

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 青山通りをさらに西へ行き、外苑東通りを左折する。しばらく歩くと見えてくるのが乃木希典の旧邸である。乃木希典は明治天皇が崩御したあと、奥さんと一緒に殉死した明治の軍人である。この人を幼少のころに教育したのが玉木文之進というひとで、吉田松陰を教育した人でもある。強烈に「私」を排除し、「公」のために生きるという教え方をした人である。吉田松陰など、講義中にちょっと顔をかいただけで殴り飛ばされたらしい。痒いところをかくという行為は「私」事であるからだという。明治天皇の死に殉じるという思想は、子供の頃のこういった教育から成り立ったものなのだろうか。

 「赤坂散歩」より、乃木邸の描写を抜粋してみる。
『明治三十五年、希典は休職中の陸軍中将だったが、はじめてこの屋敷を自分の設計によるものに建てかえた。三十代の終りにヨーロッパに行ったとき、フランスの連隊本部をみてその簡素さと機能のよさに感心し、当時のスケッチをもとにして建てかえさせたのである。
 要するに、木造洋館の事務所(連隊本部)を縮小したようなもので、住むのに快適ではなさそうである。ただし、自ら奉じることを禁じていたこの人にとって、よくその思想を表現した建物といっていい』

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 この日訪れていた人の中には、外国人の姿も目立った。外国の人にも乃木将軍は有名なのであろうか?殉死という死に方をした乃木の姿は、彼らの目にどういう風に映るのであろう。
 乃木邸は、往時のままそのままに残されている。外から建物の中を覗くような感じで見学することができるが、中に立ち入ることはできない。しかし、外から窓ガラス越しに将軍と奥さんが殉死した部屋まで見ることができる。高橋邸跡の公園では感じなかったが、ここはさすがに生々しい。人が自殺した場所を覗き見てるわけだから、なんともいえない気持ちになった。

by tigers00 | 2005-03-27 22:00 | 散歩

赤坂散歩 その1

 日曜日はとてもいい天気だった。こんな日にうちに籠っているのはもったいない。そう思って、以前から散歩してみたいと思っていた赤坂へ行ってみることにした。

 昔から、一番好きな作家は司馬遼太郎である。高校生の頃、初めて司馬遼太郎の長編小説「関ヶ原」を読んで以来、ハマってしまった。自分が、大学の第一志望を史学科にしたのは、司馬遼太郎の本との出会いがとても大きかったからだ。著作は多数あるが、中でも紀行文の「街道をゆく」は素晴らしい。訪ねた先の歴史に触れつつ、その土地に生きた人々の姿をくっきりと浮かび上がらせてくれる。自分が日本人に生まれた幸せを十二分に味合わせてくれるのである。その、街道をゆくの33に赤坂散歩がある。それを下敷きにしつつ、散歩してみることにした。

 バイクを停めて、まずは弁慶掘へと向かった。赤坂プリンスホテルや首都高速に覆いかぶされているようで、どうも窮屈な感じのする堀である。そのあたりの描写を、司馬遼太郎の「赤坂散歩」より抜粋してみる。

『都心で水面を見つけるのは、容易ではない。
 その点、弁慶堀の水は目をやすめてくれる。首都高速4号線という高架道路に組みしかれながらも、紀尾井町あたりの景観にうるおいをあたえているのである。ただ、わずかな面積でしかない。(中略)
 橋畔を降りると、ボート屋さんが、店をひらいていた。日曜日の晴れた午後だというのに、客の影がなかった。
 主人は40代のおだやかな容貌の人で、客がいないのにいらだちもせず、
 「時勢が変わったんでしょう。むかしは、日曜日の行楽というと、映画をみて、ボートを漕ぐぐらいのものだったんですけど」(中略)
 他人ごとのようにいうのがいかにも江戸風で、感じがいい。』

 この日も司馬さんが訪ねたときと同じ、よく晴れた日曜日の午後だった。確かにお客の姿は少ないが、それでもボートが2艘ほど水面に出ている。どちらも男の人がひとりで乗っていた。ん~、カップルや家族でっていうのなら分かるが、男ひとりなんて…と思っていたらどうやら釣りのようだ。ボート屋はなかなか洒落た感じの店構え。釣り客で繁盛しているのだろうか。

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 次に、紀尾井町通りを北上して清水谷公園へ行ってみる。明治11年5月14日、この付近で大事件がおきた。当時、政府の最高権力者であった内務卿大久保利通が、石川県士族島田一郎ら六人の暴漢に襲われ殺害されたのだ。大久保利通は渾身これ政治家といった凄みのある人だったということだ。今の政治家たちとはまったく違っていたのだろう。

 以下、「赤坂散歩」からの抜粋。
『大久保は兇徒たちが馬車に飛び乗ってきたのをみて、
「待て」
 と大喝して、袱紗に書類をつつみ直したといわれる。
 その瞬間、兇刃がかれの体に加わり、ほとんど即死の状態だった。(中略)
 清水谷公園の「哀悼碑」はまことに哀悼という文字にふさわしい。
 その後、大久保ほどに格調の高い人格と識見と実行力をそなえて、しかも清廉だった首相は近代史の中で見出すことは、困難である。』

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 紀尾井町通りを南に戻って弁慶橋を渡り、豊川稲荷へ行ってみる。ここはなんでも芸能人の信仰が厚く、初詣にはジャニーズのお歴々もやって来るという。初詣に来たことないからほんとかどうかはわかんないけど。敷地内に入ってみてびっくりしたのは紅白ののぼりのすごいこと。所狭しと立ち並んでいる。ここのご本尊は荼枳尼天(だきにてん)で、大岡裁きで有名な大岡越前守忠相が崇敬して自宅に祀っていたとのこと。その子孫が庶民に参詣を許したのが起こりだそうだ。

 以下、「赤坂散歩」。
『赤坂に高名な豊川稲荷がある。
 稲荷とはいえ、風変わりなことに、寺なのである。もっとも形は神道の稲荷信仰と一体になって習合しているものの、本尊は、インドの神である。
 それも、荼枳尼天という女身の夜叉神である。空海がもたらした密教体系の中に存在し、もとはインドの土俗の鬼霊で、六ヶ月前に人の死を知り、肝とか心臓とかを食う。
 おそろしい存在ながらも、ひとたび法によってなだめれば行者を即身成仏させるという。』
『豊川稲荷の境内に入ると、赤提灯や赤幟の列がいかにもお稲荷さんで、香煙がたちのぼっているあたりだけが、神社と異なっている。それに、神社のように余白を重んずるところがなく、お堂やらなにやらが建てこんでいる。
 お堂には、
「荼枳尼真天」
 という扁額がかかっている。あちこちでおがんでいる婦人の顔つきが斧のようにするどくて、行者をおもわせるほどにさし迫った感じがある。このあたりも密教的で、神社のお稲荷さんのほがらかさとはすこしちがっているように思われた。』

 ふ~ん、荼枳尼天ってずいぶんとまあおっかない神様であるらしい。けど、大岡忠相が尊崇した神様だ、ご利益があるのだろうと思いつつも、写真撮るのに熱中してお参りするのは忘れてしまった。どうか罰が当たりませんように…ナンマイダブナンマイダブ…。ちなみにナンマイダブっていうのは「南無阿弥陀仏」からきてるんだろうなあ、きっと。さすがに稲荷だけあって神の使いとされる狐も、巻物くわえていらっしゃいました。

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by tigers00 | 2005-03-27 21:50 | 散歩

草加散歩

 「東京そぞろ歩き」なんてタイトルのブログだが、住んでるところは埼玉県だ。まあ、職場は東京だし、うちから歩いて5分くらいで東京に入るから、生活圏はほとんど東京になる。主なお散歩先も東京になるのでこんなタイトルにしたんだけど、埼玉県民であることは間違いないのだ。

 草加は地元である。したがって、自転車でうろつくことができる。草加の駅のほうにはよく行くが、草加宿の旧街道をじっくり見たことがなかった。春分の日はとてもいい天気だったし、うちにずっといたんじゃもったいないと思い、自転車で出かけてみた。

 綾瀬川沿いの旧日光街道は、草加松原として整備されている。百代橋や松尾芭蕉の銅像などもあり、ゆっくり散歩するにはとてもいい場所だ。

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 ここに松が植えられたのは江戸時代前期から中期にかけてのことだったらしい。その頃の松が生えているわけじゃなく、復元されたようだ。今は、この松原が1.5kmほど続いてる。芭蕉像の近くには札場河岸があり、ここは札場河岸公園となっている。札場河岸は人の往来の多い場所に掲げた高札(幕府からの禁制や通達事項などをしるしたもの)があったことから名付けられたそうだ。ここは昔の船着場なのだ。

 次に、東福寺へと行ってみる。その手前に昔懐かしい車を発見!

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 これって、HONDA LIFEじゃなかったっけ?うちの父親が初めて買った車がこれだったような…。まだちゃんと動くのかなあ。走ってるとこが見てみたいぞ。で、東福寺だが、規模は大きいがわりと普通のお寺だった。江戸落語中興の祖である石井宗叔の碑などがあるらしいが、誰それ?って感じだ。落語界では有名な人なのかな?

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 次に向かったのが草加市立歴史民俗資料館。建物は県内初の鉄筋コンクリート造りの草加小学校西校舎を改修したものだそうで、入場料は無料。さすがに草加と言えばせんべいなだけあって、草加せんべいの作り方が詳しく図解されていた。その中の記述に「砕かれた粉米が多く出ることと上質でない醤油の産地であったことが、草加でせんべいが発達する地盤を固めたといえます」とあった。上質でない醤油の産地であったのがよかったなんて…。上質な醤油の産地だったら、草加せんべいは生まれてなかったのかなあ。

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 主な展示品は民俗的な道具類だ。ちょっと雑然とした感じだが、無料なのでこんなものだろう。昔の教室の一室に展示してあるあたりが、雰囲気的になかなかおもしろかった。

 旧街道沿いには、せんべい屋が軒を連ねている。その中でも老舗と言われているのが源兵衛せんべいだ。この日も、何人ものお客さんが買い物に訪れていた。

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 通りは普通の商店街だ。草加宿の面影はあまり見当たらないが、せんべい屋だけはこの界隈のあちこちで見かけることができる。やっぱり、草加と言えばせんべいの町なのだ。

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by tigers00 | 2005-03-22 23:33 | 散歩

鹿島鉄道周辺散歩 その3 小川

 列車が常陸小川駅に到着した。

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 ここも以前、バイクで通ったことがある。ここにある古い町並みが気になっていたのだ。前回は通っただけだったので、ゆっくりと見てまわるのは今日が初めてだ。ここの駅前は、玉造や鉾田よりさらに何もない。小さなケーキ屋が一軒あるだけだ。商店街は駅から離れているのだろうか?駅前通りを土蔵街のほうに向かう。途中、朽ち果てたガソリンスタンドを発見。廃業してどれくらいが経つのだろう。HI-Cの自販機がなんともいえずいい味を出している。今もう現役のHI-Cの自販機なんてそうそうないだろうな。

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 園部川にかかる橋を渡ると、少し商店のようなものが見え始めた。しかしここもシャッターが下りている店が多い。

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 しばらく歩くと、お目当ての土蔵街が現れる。ここはいい感じだ。なんせ、まだ現役で店舗として使われている。やはり、古い建物は形だけじゃどうも雰囲気が出ない。そこに生活する人の生活感が漂ってこないと、単なるテーマパークみたいになってしまう。

 ここは種苗店。100年も前から続いてそうな歴史を感じる。

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 ここは米穀商のようだ。こういう店が「老舗」を前面に押し出して観光客相手に商売をしてるでもなく、普通の日常に溶け込んで存在している。本物であるところが素晴らしい。

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 坂の上から駅のほうを見下ろす。

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 そういえば、昼ごはんを食べていない。もう2時近いし、どこかでご飯を食べるか。何か食べられそうな店を探すが、どうにも見当たらない。少し行ったところに、郊外型のショッピングセンターを発見、中にあったマクドナルドでハンバーガーを食べる。ここは、出入りする車も多く、賑わっている様子だった。ハンバーガーを食べながら考える。おそらく、あの重厚な構えの店は、やがてこういったショッピングセンターの前に敗北するのだろう。こちらの店のほうが小ギレイではるかに機能的で買い物もしやすい。お客の押し寄せる店は栄え、来ない店は衰退する。それが自然の流れなのだが…。まあ、ここでこうしてハンバーガーを食べてる自分は何も言える立場ではない。

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  常陸小川駅に戻り、鉾田行きの列車を待つ。いつもの地下鉄なら15分もとても待てないが、ここではなぜか列車が来るまでゆっくりと待つことができる。下り列車が到着。来た時と同じタイプの車両だ。旅ムードを高めるために、ボックス型の座席のほうがよかったなあ。鉾田に到着。軽くその辺を一周し、車に戻って家へと帰った。

 特に名所を尋ねたわけでもないが、こういう旅もいいものだ。だいたい、有名観光地の人の多さが嫌いな自分にとっては、あまり人のいない場所のほうが好きだったりするし。ただひとつ心残りなのが、小川町にある納豆博物館。歩くにはちょっと遠かったし行かなかったんだけど、行ってみたかったなあ。

by tigers00 | 2005-03-22 00:00 |

鹿島鉄道周辺散歩 その2 鉾田

 さて、ぐるっと周辺を回ったことだし、駅に戻ってもう一度時刻表を見ると…。あれっ、さっき下りが出たばっかり。なんと、まだ11時なのに13時の時間見てた…。これからまた1時間近くも待ってられないので、車で終点の鉾田まで行ってそこから乗ることにした。行く途中に道を間違えるも、鉾田には30分ぐらいで到着。ここには以前バイクで来たことがある。そのときはゆっくり歩いたりしないで、ラーメン食べてさっさと行ってしまったのでそれほどたいした印象もない。ただ、鉾田駅の外観を見て、「いい雰囲気だな」と思った。また今度来てみようとそのとき思ったのが、今日に結びついたのだ。

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 次の列車までまだ少し時間がある。ここも街中を歩いてみた。鉾田には、以前から行ってみたい場所があった。ちょっと前の「旅の手帖」で紹介された宝来多座だ。ここは歴史のある映画館で、いまだに現役で頑張っている。思えば、自分の身近でもここ10数年の間にどんどんと映画館は姿を消した。牧瀬理穂が主演した「つぐみ」だったかなあ、学生の頃それを観た成増の映画館もいつの間にかなくなってたし、西武の練馬駅近くにあった成人映画館もなくなっちゃったし。東京であってもそうなのに、この地での映画館経営はさぞ大変だろうと思う。

 さてその宝来多座だが、それなりに街中の人通りのある場所に建ってるんだろうなとは想像してたのだが…。こ、ここか…。

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 しかし、この鄙びた雰囲気、抜群である。入りたい、入ってみたい!ん~と、今日の上映作品は…

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 と、とっとこハム太郎…と犬夜叉か…。断念…。けど、ここの入り口、このまま入っちゃっていいものなのか。なんか植木鉢がずらりと並んでるんだが。

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 人通りのない川沿いの道に静かに佇む映画館は、なにか孤高な感じがした。春休み中、とっとこハム太郎と犬夜叉を観るために、子供たちがいっぱい詰め掛ければいいんだけどなあ、なんて思ったりした。

 駅に戻ると、すでにディーゼルカーがエンジンを温めて、発車の時間を待っていた。駅の切符売り場で、土日祝日限定の一日フリー切符を1100円で購入。これで小川町まで行き、街中を散歩してから帰ってこようと思う。

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 一両編成の小さな列車はゆっくりと鉾田駅を出発した。発車してからほんの数十秒ほどで感じたことがある。それは、「この列車、よく揺れる」。いつも通勤で使っている東京メトロに比べれば、びっくりするくらいに揺れるのだ。まあ、すぐに慣れてかえって心地よくなったりするのだが。列車は、原っぱや雑木林、民家の脇や道路の横をゆっくりと走っていく。板張りの床がとてもいい感じだ。始発からの乗客は、全部で5人。途中で何人か乗ってきたが、それでも混み合うなんてことはまったくない。列車の中には、近隣の小学生が描いた鹿島鉄道の絵が飾ってある。こういうのも見てて微笑ましい。

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 鹿島鉄道は石岡と鉾田を結ぶ全長27.2kmのローカル私鉄だ。鹿島鉄道といいながら鹿島神宮のほうには延びておらず、また石岡-鉾田間なら車で移動したほうが断然早いだろう。なんせ、全長27.2kmの距離を約1時間かけて走るのだから。沿線には霞ヶ浦があるが、ほかにそれほどメジャーな観光スポットがあるわけでもなく、やはり経営的には苦しいだろう。平成13年には存続問題が持ち上がったらしいが、沿線市町村と県の援助でなんとか存続しているということだ。だが、2007年3月には公的支援が終わる。さらに継続して支援がない場合、廃止ということにもなりかねない。そんな状況の中、この鹿島鉄道を守ろうと、沿線の方々や通学に利用している高校生などが「かしてつ応援団」としてバックアップしている。朽ち果てていくものに惹かれる…なんて失礼なことを言ってる場合ではない。地元の人達にとっては、ずっとずっと残していかなきゃならない地元の人のための鉄道なのだ。

by tigers00 | 2005-03-21 21:58 |

鹿島鉄道周辺散歩 その1 玉造

 鄙びた風景が好きだ。それに、朽ち果てていこうとするものにも惹かれてしまう。それはある種のノスタルジーのようなもので、その土地その土地に染み付いた、人々の生活のにおいや痕跡にいろんな想像力が働くからだろう。知らない街を訪れて街中でそういったものを発見したとき、なんともいえない、ささやかな幸せを感じるのだ。そんな気分を味わいたくて、茨城県にある鹿島鉄道に乗ってみようと思った。

 自分は特に鉄道ファンというわけではない。電車と気動車の区別くらいはつくが、どの車両がどうだとかどこの駅がどうだとかというのはよく分からない。ただ、ローカル線が持つ鄙びた雰囲気には魅力を感じる。そのうち消えてなくなりそうな、そんな心細さになんともいえない旅愁みたいなものを感じるのだ。だから、鉄道に乗るために旅をすることはほとんどないけど、たまにはこういうローカル線に乗ってみたいなという気持ちになる。電車の窓から見える景色と、その土地で生活している乗客の姿を眺めていれば、電車になんとなく乗っているだけでも十分楽しいんじゃないかと思う。

 今日は珍しく早く起きた。さすがに昨日13時間も寝たから、今日は6時間くらいの睡眠で十分だ。まだ朝は寒いが、さっさと着替えて出発する。暖かければバイクでもと思っていたが、ちょっと寒そうなので車で出ることにする。8:00に出発、三郷から常磐自動車道に乗って桜土浦で降りる。土浦市内でちょっと道に迷うが、無事に国道354号に乗ることができた。しかし、昨日手持ちの現金を使い切ってしまい、財布の中は300円ほどしか入ってない。高速はカードでOKだからいいが、早いうちにどこかで下ろさなくちゃいかにも不安。途中、郵便局を発見、停まって見てみるが日曜日はATMが休みだった。しばらく行くとコンビニ発見。どうかなあと思いつつ中に入ると、よかった~ATMがあったよ。210円の手数料はかかるけど、この際しょうがない。しかし、一昔前に比べたらほんとに便利になった。10年も前は、金曜の時点である程度下ろしておかなきゃ、週末何か急な出費があったとき怖かった。今は、300円しか持ってなくても何とかなるだろうとタカをくくって出かけることができるんだもんね。

 お金を下ろして、まずは霞ヶ浦町の郷土資料館へ。こういう、資料館とか博物館の類がとても好きだ。地図で資料館の表示を見つけると、ついフラフラと寄って行ってしまう。

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 210円なら、まあこんなところか。館内撮影禁止で写真がないのが残念。時間がなかったので、霞ヶ浦町を紹介するビデオとかゆっくりと見ることができなかった。けど、何でこんな城の形してるんだろ?同じ茨城の石下町にあった資料館も城だったなあ。あっちは7階建てくらいだったけど。昔ここに城があったわけでもないだろうし、普通の建物でもいいような気がするが…。

 ここから、霞ヶ浦大橋を渡って玉造町へ。で、鹿島鉄道に乗るべく駅へと向かう。駅の駐車場に車を停めて、駅に入るとちょうど列車は行ったばかり。しょうがないので、駅の風景を撮影した。

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 次の列車までもう少し時間があるし、ちょっと街中を散歩してみるか。昼下がりの街中は、人の姿もまばら。駅前の通りはいかにも小さな町の商店街といった趣で、小さな店がぽつぽつとあるだけ。玉造中央商店街も、郊外の大きな店に客足を奪われたのか、シャッターの下りた店が多かった。駅前にはタクシーが客待ちをしているが、一時間に列車一本程度の乗降客の少ない駅で、一日にいったいどれくらいの売り上げがあるのだろう?商店街を外れて歩いてみる。駅からそれほど離れてない場所でも、里山の雰囲気があった。満開になっている梅がとても綺麗だった。

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by tigers00 | 2005-03-21 17:57 |

戸田競艇 開設48周年記念観戦記(3/13) 後編

 さて、後半戦。8レースは1番の植木が2~3枚は役者が上のメンバー構成。すんなりイン奪取だろうし、ここは植木の頭から勝負。問題はどこに流すかだ。ここは人気サイドだが、2番の木村を2番手に考えて買ってみる。なんか我ながらヒネリのない買い目だよなあ。まあ、ヒネリがあろうとなかろうと、あたりゃ何の問題もないんだけどさ。しかーし、やっぱしあたらん…。植木があっさりのイン逃げ。ここまでは予想通りも、木村が沈んで1-3-4は3470円もついた。う~ん、植木の頭でちょっと中穴狙えば取れそうな…。ついさっき遅れて到着したK村氏はいきなり買ってあっさり的中してた。あたらないのはいつものこととはいえ、まわりが的中すると心中穏やかじゃなくなる。

 いよいよ次が9レース、我々の冠協賛レースの「モリ&ミノル 全国競艇24場完全踏破」である。このレースが始まる5分ほど前に、係りの人が迎えに来てピットまで連れて行ってくれる。以前にも一度、協賛レースでピット見学をしてはいるが、今回はなんと言っても周年記念、ピットで見かける選手も知ってる顔ばかりだ。ピット内は写真撮影禁止。ケータイも電源をオフにしなければならない。さすがに公営競技、外部との接触は一切禁止。レースの公正を欠くようなことはしてはいけないのだ。さて、ここは1号艇に地元の滝沢がいる。準優には乗れなかったが、ここまで7戦3勝なら滝沢の頭でいいだろう。ってインの弱い戸田でまたインから買ってるし(^^; で、インの滝沢、スタート後手踏んで敗れる。いい加減学習しろよなあ、オレ。江口と西田のトップ争いは西田が抜きで制して3-2-5は15940円と今日5本目の万シュー。西田は前半6レースのだらしないレース見てたから買えんかった。なんせ、2コース発進で、インが立ち遅れて絶好の展開で6着だったんだもん。

 レースが終わってボートが帰ってくると、全選手総出でボートの引上げ作業を行う。ベテランも若手もほんとにキビキビ動いている。この辺の仕事っぷりは見ててほんとに気持ちがいい。こういう場面は普通に観戦してたんじゃ見れないもんね。さて、このレースに勝った西田靖選手と我々で記念撮影だ。ポラロイドで一枚撮ってくれ、そのあと色紙にサインしてくれる。西田はすでに43歳、普通ならいいおっさんと言える年だが、雰囲気があってカッコイイ。頭は薄くなってはいるが、無精ヒゲがとても似合っててジャン・レノみたいな渋いカッコよさだ。

 ピットから再び来賓室へと戻る。ここまで6レースやって全敗。惜しいレースすらありゃしない惨状だ。そろそろあてに行かなくちゃ全敗も十分有り得る。なんせ、ギャンブルセンスほとんどゼロのオレだもん。そんなわけで10レースはあてに行っての8点買いだ。さすがにここは昨日の準優メンバー、予想のほうも難しい。軸に決めたのは5号艇の田中信一郎。スタート展示で3コースにもぐり込んできてたし、戸田の3コースはインに次いで1着率が高い。ヒモに人気薄の地元石塚。埼玉期待のホープは、今節もイキのいいレースをしている。そのふたりから濱野谷、西村あたりを少々。レーススタート。4カドから石塚が一気のまくり!しかしインの山下が抵抗し、絶好の展開から西村の差し。インから山下が踏ん張るも、結局頭は西村、2着に山下、3着田中で決着。2-1-5は6470円。ハイ、またやられました!

 残すところ、あと2レース。全敗の文字が頭をよぎる。連れの二人は配当安いながらも的中してるし、オレだけ全敗はなんとしてでも阻止せねば!で、11レース、特別選抜A戦である。もう、考えても分からん。買い目増やしたってあたんないんだから、メインに金を突っ込むことにしてここは男らしく2点買い。このメンバーではちょっと格下だが、2番の宮地から買ってみる。しかし、この文章を書きながら考えたのだが、何でオレ宮地なんて買ったんだろ?ここまであたらなくて、すっかり思考回路が分けわかんない状態になっていたようだ。そんな舟券、あたるわけないよね。宮地は5着に沈み、濱村がまくり差しで1着。2着にインの矢後が入り3-1-5は3760円。濱村、前半戦いい感じだったし素直に買っときゃよかったじゃん、とレースが終わってからいつものように反省してみるオレだった。

 さあ、いよいよ今日のメインレース、第48回周年記念戸田グランプリの発走である。ここであてなきゃ、自己嫌悪に陥りながらトボトボと負け犬のように家路につかなきゃならん。冷静に、落ち着いて予想をしなくては。
 
 1号艇は地元戸田天皇、ここでしか勝てない男、池上祐次。
 2号艇は去年の覇者で連覇を目指す、白水勝也。
 3号艇はこれまた地元で強い、山崎義明。
 4号艇はエンジン出てるが戸田が大嫌いな中島友和。
 5号艇は今節すべて舟券に絡んでる、野添貴裕。
 6号艇は穴ならコイツ安田政彦。
 
 メンバー的には地味なメンバーだが、ここで1号艇、エンジン強力なら池上で間違いないところだろう。けど、池上には今まで何度裏切られてきたことか…。池上の頭で買うか、ほかからいくかしばらく悩むが、池上よりエンジン出てる選手もいないと踏んで、配当は安いが池上の頭から4点買い。白水の差しも考えて2番の頭で2点の計6点買いだ。いよいよ、レースのスタート。安田がスローの5コースに入り、隊形は12346/5の5対1。池上がインから渾身のトップスタート。1マーク先マイで外からまくる艇もなくあっさりと先頭。ここで池上の優勝はほぼ決まった。熾烈だったのは2番手争い。白水と山崎が競り合う。1-3-2は持ってても1-2-3は持ってないオレは、必死になって山崎を応援する。途中までは白水優勢も2周1マークでほぼ並び、2周2マークで山崎が外からツケマイ!これで1-3-2の出来上がりだ。このツケマイは素晴らしかった。なんせ、オレの舟券があたったんだもん(笑)。配当はガチガチで1450円だったが、最後に有終の美を飾ることができた。よかったー。ふと横を見るとK浦氏も取っていた。二人そろってメインで的中なんて、そうそうあることじゃないのに、宮島、戸田と2回続けてだ。珍しいこともあるもんだよな~。急いで、今日の収支決算を計算してみる。すると…250円のプラス!やった~、プラス決算だ~、250円だけど(笑)。ありがと~、池上~!

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 そんなわけで、250円といえども勝つことのできたオレは意気揚々と家路についたのでありました。来週はお金のかからない散歩にいそしむか。

by tigers00 | 2005-03-15 23:28 | 競馬・競艇

戸田競艇 開設48周年記念観戦記(3/13) 前編

 今日は昨日とは一転、冬の寒さだ。今日みたいな寒さだとお出かけはやっぱり車が快適。そんなわけで戸田競艇場へは車で出かけた。K浦氏とは10:30に待ち合わせ。どこに車を駐車するか、ちょっと迷ったこともあって10分ほど遅れてしまった。朝の戸田はいい天気だ。

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 今日は冠協賛レースに申し込んでいるので、来賓室での観戦だ。この冠協賛レース、一般レースで1万円、優勝戦で3万円の金額で申し込めば、レース名に自分の好きな名前をつけることができる。その上、来賓室で一日中レースを観戦でき(友人等4人まで入室できる)、協賛レースの時にはピット内の見学もでき、勝った選手とポラロイドで記念撮影もしてもらい、なおかつサインとレースのビデオまで貰えてしまうというサービスである。この辺の競艇場のファンサービスというか営業努力というものは、他の公営ギャンブルよりも素晴らしいと言えるのではないか。
 
 で、今回の協賛レース名、「モリ&ミノル 全国競艇24場完全踏破」である。1月の終わりに、宮島競艇場へ遠征し、K浦氏ともども全国の競艇場24場を全制覇したのだ。北は群馬県の桐生から南は長崎の大村まで足かけ10年で全国を回ったことになる。改めて振り返ると結構な偉業だよなあ。その偉業を、誰も褒めてはくれないから(^^;自分たちで記念レースにして褒め称えようという魂胆である。記念レースは9レースの一般戦だ。

 さて、K浦氏と来賓室に入室、もうひとり来る予定のK村氏は13:30くらいの到着予定。1Rは10:55くらいのスタート、買う時間はあったが予想してる余裕もなかったのでとりあえずは見学し、2Rからの参戦となる。まずは堅いとこから買ってみるか。インの眞田と3の平尾の頭から5点買い。インの眞田がスタート決めて予想通りの逃げ。2番手に平尾が続けば…の期待もむなしく6の石渡、5の花田と続いて結果は1-6-5で14420円。石渡はコース不利だったしノーマークだった。まあ、最初からあたるなんてそうそうないし、こんなもんだろ。

 この来賓室は第2マーク寄りにある。冠協賛レースに申し込まずとも、戸田CLUBというファンクラブみたいなもの(年会費5000円)に入会しておけば、来賓室を使って観戦することができる。以前は戸田CLUB会員だったので、これまでも何度か利用してきた。ここからの眺めはこんな感じ。さすがに今日は記念の優勝戦、しかも日曜日ということもあって来賓室は大賑わいだ。

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 3レース、インの菊地からここも堅めに買ってみたが、4コースカドから石塚のまくり一閃!けど、そのあとの競り合いで6番の山下に抜かれ、結果は6-4-1の16520円。ん~、よくよく考えれば、昨日の準優勝戦に乗ってた二人と、展示タイムが一番良かった菊地の3人で決まってこの配当。まあ、今さら気づいてもしょうがないんだけどね…。続く4レースも懲りずにインの深川から。戸田はインが弱いってよくよく分かっちゃいるんだけど…。やっぱしすんなりイン逃げとはいかず、3コースの久間のまくりを深川がブロック。スキを衝いた4番谷村のまくり差しが決まって4-6-2は38840円。こんなの取れるか!
 
 5レースはもうイン買うのやめた!昔は戸田じゃ「後藤オッズ」なんて言われて、頭からのオッズはメチャメチャ安かった後藤浩から、同じ埼玉の西村、SGクラスの上瀧、濱村あたりを買う。しかーし、もう昔の後藤じゃないんだよね…。4コースカドから濱村があっさりとまくりを決める。まくりに乗った西村が2番手追走し、後藤は3着。4-5-2は4860円。ん~、ここまで声を出すような展開にすらなりゃしない。まあ、あたらないのはいつものことだしいいんだけどさ。

 今日は6レース終了後、「ウインクガール」なる女の子二人組のユニットのライブがある。このウインクガール、4月に戸田で行われる競艇名人戦までのキャンペーンガールを務めるんだとか。今日は1レース開始前と6レース終了後の2回、ステージで歌を歌ってくれるわけだが、しかしこのふたり、ほとんどシロートじゃん…。MCは見てられないくらいの拙さ。歌は、そこらの女子高生がカラオケで歌ってるのと変わらないくらいのレベル。これでステージに出しちゃマズイだろ。シロートっぽさで親近感を出そうっていう戦略なのか?そうは見えんが…。まあ、金払ってステージ見てるわけじゃないし、文句も言えんけどね。結局、これを見るために6レース、7レースはパス。8レースから後半戦で勝負だ!

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by tigers00 | 2005-03-14 22:33 | 競馬・競艇

宇都宮競馬

 中津競馬場が廃止になって以来、堰を切ったように各地の地方競馬場が廃止になっている。三条、新潟、益田、上山、足利、高崎…。そしてまた3月いっぱいをもって廃止されるのが宇都宮競馬場だ。3月いっぱいといっても、3月中の開催は11日から14日までの4日間だけ。ということは、今週末に宇都宮まで行かないと、もう二度と見ることはできないということだ。これは行かなくちゃならん。

 天気予報だと、東京地方は17℃まで気温が上がるらしい。これくらい暖かければバイクで出かけられそうだ。朝早くから出かけるのはツライので、ゆっくり朝寝をしたあと10:30くらいに出発。岩槻から東北道に入ってひたすら北上。時間があまりなかったこともあって、宇都宮までの約100kmをノンストップで走る。鹿沼で降りて競馬場の方面に向かうが、詳しい位置がよくわからなくて迷ってしまい、到着したのは12:30頃になってしまった。

 さすがに、最後の開催とあって場内は大勢の人。

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 こんなにパドックに人垣のできているのも、ここ最近では珍しいのではないか。普段からこれくらい大勢の人が入ってれば存続もありえたのに…とも思ってしまう。騎手の横断幕や馬の横断幕もいっぱいで、中央競馬と変わらない、にぎやかな様子だ。
 来る途中は、天気が今ひとつな感じで、バイクで走りながら「雨降ったらどうしよ~」なんて考えていたが、着いた頃には暖かい、いい天気になっていた。

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 これで最後ということもあって、馬券も買わずにひたすら写真を撮る。

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 しかし、レースの写真撮るのって難しいな…。そういえば、朝から何も食べてないや。売店で焼きおにぎりを2個購入。で、このおにぎりがでかい!しかも一個100円!二つも食べれば十分におなか一杯になる。宇都宮競馬場の食べ物は充実してる上に安くて感激だった。

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 なんか、ちっとも馬券買わないで、メインレースが終わったあとに帰る。早めに帰らないと、日が落ちてからじゃ寒くなっちゃうからね。明日は戸田競艇の記念だ!

by tigers00 | 2005-03-12 22:13 | 競馬・競艇