東京そぞろ歩き

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GW!

 さて、GWに突入いたしました。以前から計画たててた四国ツーリングに行ってきます。まあ、宿もとってない気ままな旅なので、ひょっとしたら行き先変更するかも。

 そんなわけでしばらく更新休みま~す。無事に帰ってきたらまた書き込みますんでよろしく~
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by tigers00 | 2006-04-29 21:01 | 雑記 | Comments(2)

熊川宿情景

 最後に、熊川宿の情景をまとめて…

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by tigers00 | 2006-04-29 14:20 | 散歩 | Comments(2)

熊川宿 その2

 街並みはやはり古くからの宿場町らしく、落ち着いた風情。商店もなかなかいい味を出している。
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衣料品の店に貼られた、色褪せたポスター。左側のポスターの女の子、中森明菜かなぁ?それとも、伊藤つかさ?

 鯖街道だけに、やはりあるのが鯖寿司を食べさせてくれる店。
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実際、小浜から朽木村のあたりまで、鯖寿司を売ってる店って多いんだよね。鯖寿司、好きなんだよな~、オレ。

 街道沿いにある、大岩。
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ずっと昔からこの場所に鎮座して、人々の往来を見守ってきたそうな。子供たちが、この岩によじ登ったりして遊ぶんだけど、不思議とケガをしたことがないということだ。

 熊川は駐在所も街並みに溶け込んでいる。
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中ではおまわりさんがなにやら事務仕事中だった。ここは、そんな重大な事件もおきないんだろうなあ、きっと。

 街道の外れにあるのが、孝子与七の碑。
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見た感じお墓のようでもあるんだけど、碑と書いてある。で、この与七、何をした人かというと、メチャメチャ親孝行だった人!自分と妻は貧しいものを食べても、父母にはご馳走を食べさせ、孝行の限りを尽くし、当時の小浜藩の殿様にほめられて褒美を貰ったそうです。
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by tigers00 | 2006-04-28 23:38 | 散歩 | Comments(2)

熊川宿 その1

 先日、身内に不幸があって田舎へ帰ることになった。葬儀が終わり帰途につく途中、休憩がてら立ち寄ったのが国道303号線沿いにある熊川宿。福井県若狭町の山の中にある宿場町だ。

 この熊川宿、古くからの建物がよく残ってて、重要伝統的建造物群保存地区にも選ばれている。集落の端っこにある道の駅にクルマをとめていざ散策。

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 熊川は鯖街道の宿場町。若狭湾で獲れた鯖を京都へと運んだのが鯖街道だ。ここから琵琶湖まではあと10kmちょっとだし、ここ熊川は中継点として栄えたそうだ。

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 ここは番所跡。入場に50円かかるんだけど…

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 これは、元熊川村役場。伊藤忠商事の二代目社長がこの村の出身で、この建物を建てたんだとか。今は、熊川宿資料館になっている。瓦にはちゃんと「役場」と書いてあった。
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by tigers00 | 2006-04-27 22:09 | 散歩 | Comments(2)

東京大学安田講堂

 東京大学のシンボルは、やっぱり安田講堂だろう。赤門とか三四郎池っていうのもあるけど、安田講堂には勝てないだろ、きっと。

 安田講堂で有名なのは、昭和44年の東大紛争。この事件、何がきっかけだったかというと、東大・医学部の学生が「インターン制度に代わる登録医制度」に反対したことなんだそうだ。さっき、ネットで調べたらそう書いてあった。そうだったのか、全然知らんかった。

 昭和44年といえば、今からかれこれ37年前のことだ。ビックリするのは、その頃の若者の権威や権力に対するパワーだ。一部の過激な学生が起こした事件とはいえ、今のご時世じゃちょっと考えられないなあ。安田講堂を占拠して機動隊と戦うってことが。
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 平成18年の安田講堂は平和そのものだ。それでいいんだろう、多分。
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by tigers00 | 2006-04-22 22:44 | 散歩 | Comments(0)

東京大学点景

 本郷散策の〆は東京大学。まさに日本国の頭脳の頂点だ。千葉商科大学は知らなくても東京大学を知らない人なんていないだろう(そんな千葉商科大学さえ落ちましたが…)。東京大学には入れなくとも、大学を散歩する分には脳みそ使わないから問題なしだね。

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by tigers00 | 2006-04-18 22:25 | 散歩 | Comments(4)

本郷界隈8

 本郷6丁目、本郷通りから路地をちょっと入ったところにあるのが、カレーライスで有名な「万定」。昔からの老舗らしく、建物もシブい。
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 今日は日曜日で営業はしてなかったが、以前店に入ってカレーを食べたことがある。確かにうまかったなあ、ここのカレー。今度行ったときは天然オレンジジュース飲もっかな。
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 けど、カレーより何より印象に残っているのがここのレジスター。ネットで検索してみるとやはり有名らしく、いろんなサイトで紹介されてた。昭和9年製というこのレジスター、現役で使われているのがまたすごい。このレジスター見るために店に行ってもいいくらいだ。次に行ったときは写真撮らせてもらおっと。

 万定の路地を入って行き、猫のいる洋館を眺めつつ今度は北の方角へ。
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 見えてくるのが有名な本郷館。実はこの建物、今回見るのが初めて。すげ~、圧倒的な存在感だ。
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 木造3階建ての下宿屋で、明治38年築だそうだ。賄い付きの下宿ということだけど、今でも賄いなんて付いてるのかなあ。しかし今年で築101年だよ、この建物。関東大震災にも東京大空襲にも負けずに、ずっとここに存在してたかと思うと、畏怖すら感じるくらいだ。

 そりゃ、どっかの寺院や神社なんかにはもっと古い木造建築だってあるけどさ。下宿屋として101年もの歴史のある建物なんて日本中探したってそうそうないだろ~。しかも、いまだに現役なのがすごい。中の部屋は70室ほどあるらしい。中に入ってみたいな~。っていうか、ちょっと住んでみたい気もする。
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by tigers00 | 2006-04-17 23:17 | 散歩 | Comments(2)

本郷界隈7

 本郷には石川啄木ゆかりの地がいくつかある。本郷界隈5で記載した喜之床の2階に移る前に住んでいたのが、ここにあった蓋平館別荘だ。
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 その後、名前が変わって、今は太栄館という旅館になっている。ここは、新坂の上に建ってて、西に向かって高台になっている。啄木が住んでいたのは3階の三畳半の部屋で、部屋は狭かったけど、見晴らしはよかったらしい。「富士が見える、富士が見える」と言って喜んだそうだ。今は見えないだろうなあ、多分…

 すぐ近くには徳田秋声の旧宅がある。ここはほんとに狭い路地の中で、探し当てるのにちょっと苦労した。
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 このうちには、明治38年から昭和18年に亡くなるまでずっと住んでいたそうで、建てかえられもせず残ってるということで都の史跡に指定されている。

 けど、徳田秋声…ん~、正直言って誰?って感じ(^^; 小説家ということなんだけど、あんまり聞いたことないんだよね。見に行って、写真撮っといてなんなんだけど、石川啄木やら樋口一葉に比べたらとてもマイナーなんだよねえ。実際、旧宅前に設置してあった案内板にも、「地味な作風のうちに自然主義作家の代表者とみられ~」なんて書いてある。やっぱり、地味めの作家だったようだ。

 で、その徳田秋声旧宅の隣のうち。
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 どっから入るんだ?
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by tigers00 | 2006-04-16 17:52 | 散歩 | Comments(4)

本郷界隈6

 春日通りと本郷通りの交差点の角にあるのが「かねやす」。今でこそこのあたりは、山手線の真ん中だしまさに都心なんだけど、江戸時代となると町はずれの場所だった。その当時の川柳に、「本郷も かねやすまでは 江戸のうち」と詠まれたように、だいたいこの辺が江戸の町の端っこだったらしい。
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 今度は本郷通りを北のほうへ。しばらく歩くと右手に東京大学が見えてくるが、ここは一番最後にまわして、周辺を散策してみる。

 赤門近くにある法真寺。
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 円柱型のポストが意味不明。何でこんなとこに立ってるの?

 さらに本郷通りを北へ向かうと、なにやら味わい深そうな横丁が…
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 その名もずばり、落第横丁!う~む、ここで遊んでると落第しちゃうよということか?けど、そんなにたいした繁華街でもないんだけどね。
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by tigers00 | 2006-04-13 23:02 | 散歩 | Comments(2)

本郷界隈5

 本郷通りを越えて1丁目に入る。
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 ここらは、東京の中心地帯でありながら、周囲は閑静で昔ながらの日本旅館が多い。すぐ近くには東京ドームと後楽園遊園地があって、たまにジェットコースターから悲鳴と歓声が聞こえてくる。

 歩いてるうちに古そうな洋式の建物を発見。近づいてみると弓町本郷教会というキリスト教の教会だった。本郷教会の文字の下に大正拾五年と書かれている。中からは、パイプオルガンの音色が響いていた。
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 春日通り沿いには石川啄木がかつて住んでいた「喜之床」の跡がある。喜之床は新井喜之助という人が営んでいた床屋で、啄木はここの2階に間借りして住んでいた。ここに住んでいたのは2年2ヶ月、「一握の砂」などの名作はここで生まれたそうだ。
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 石川啄木だとこの歌が好きだな。

  不来方の
  お城の草に寝ころびて
  空に吸われし十五の心

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by tigers00 | 2006-04-12 23:10 | 散歩 | Comments(2)